Dec 31, 2010
海外ホテルは日本と同じようにできないので要注意
先進国以外の国に旅行に行っていますか?私はいくつかの東欧諸国に旅することができます。まだ少し、先進国とは言いにくい国です。もちろん、ヨーロッパなので、街は美しいし、ホテルもとても素敵です。でも、その海外のホテルで心ゆくまで停電でも水が出ないのもの憂き目にあいました。海外ホテルは日本と同じわけにはいかないので、大切ですよ前の外国旅行に行った時、海外のホテルに泊まりました。そこに海外のホテルは、日本語がわかるスタッフが多かったので、本当に安心して泊まることができた。また、ここでは、海外のホテルは日本人が多く泊まっており、その点でも本当に安心感がありました。また、ここでは、海外のホテルの食事が日本人の口に合わせた料理は本当においしかったです。また、必ずここの海外ホテル宿泊施設です。
「広島3-6中日」(29日、マツダ)
最後に野村鯉が意地を見せた。広島は4点差で迎えた九回、このまま負ければ完敗で終わっていたが、余裕の継投で送り込まれた三瀬を攻略。中日の守護神・岩瀬を引っ張り出し、一発出れば同点の場面まで追い込んだ。結果的には敗れ、8年ぶりの中日戦5連勝は幻となったが、次につながる黒星だった。
◇ ◇
このまま負ければ、カープファンもシラケムードで球場を去るところだった。2点差で迎えた九回、リリーフに出た上野が炎上して2失点。一気に4点差に広がって、敗色濃厚な空気を漂わせながら、カープ打線は最後の攻撃に入った。
しかも中日のマウンドは、守護神・岩瀬ではなく、三瀬だ。楽勝ムードの継投で来た落合竜。そこで最初に意地を見せたのは、松山だった。左対左のハンディも関係ない。来た球に逆らわず、中前へ弾き返した。1死後、今度は代打・小窪が右前へ運び、一、二塁と三瀬を攻めた。
ここで落合監督が投手交代を告げた。マウンドに岩瀬を引っ張り出した野村鯉。石原は三振で2死となったが、代打・山本がしぶとく中前へ落とす適時打を放った。これで3点差とし、なお一、三塁。一発出れば同点の場面。最後は東出が中飛に打ち取られたが、見せ場は十分に作った。
野村監督は悔しそうな表情を浮かべた。試合後に指摘したのは二回の場面。連打で無死一、二塁と吉見を攻略し掛けたが、結局犠飛による1点止まり。「いい投手なのでそう簡単には得点は取れないが、(二回の)先制した後にもう1点取っていれば」。指揮官の言葉通り、2点差にリードを広げれば試合を優位に運べたかもしれない。
もう一つ悔やまれるのは上野の乱調だった。九回で点差は2点。ワンチャンスの得点差だったが、3本の長短打を浴びて2点を奪われ、反撃ムードを萎えさせた。「みなさん(報道陣)はあそこは岸本や今村ではないかと思うかもしれないが、連戦で疲れがある。あそこは上野に託した。上野を使った僕が悪いということです」と指揮官。試合後、2軍降格が決まった上野は「もう一度やり直します」と肩を落とした。
03年4月以来の中日戦5連勝はならなかった。だが九回の攻撃で中日に、ひと味違うという印象を与えられた。後半戦は2勝2敗。2試合連続2ケタ安打と打線は好調だ。仕切り直しで今度こそ勝つ。
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「阪神4-4横浜」(29日、甲子園)
元阪神・伊良部秀輝氏の自殺というショッキングなニュース。元チームメートのために絶対に勝ちたい試合だったが、4点リードを守れず無念の引き分け。新井貴浩内野手(34)は初回1死二、三塁で投ゴロの間に先制。三回にも2死二塁から適時打。新井が打点を挙げたら負けない神話を信じたが…。天国の伊良部さんへ白星を届けることはできなかった。
◇ ◇
勝ちきれなかった。その疲労感がクラブハウスへの階段を上がる新井の体からにじみ出ていた。03年の優勝に大きく貢献した伊良部秀輝さんが死去。チーム全体が悲報に心を痛め、必勝を誓って臨んだ試合。序盤で4点のリードを奪っただけに、引き分けという結果は悔しさがこみ上げる。
ただ、そんな中でも4番はしっかりと結果を残した。一回、1死二、三塁で迎えた第1打席。清水の外角カットボールをたたき付け、マウンドの手前で大きくバウンドする間に三塁走者の平野をホームへ迎え入れた。
「どんどん振っていこうと思っていた」と思い切りの良さで先制点を奪うと、三回2死二塁で迎えた第2打席では、内角シュートを強引に引っ張り三遊間を破った。貴重な追加点となる左前適時打で通算安打は1499本。プロ野球史上110人目の1500安打に王手をかける一打だ。
4番のバットに乗せられた打線は、三回までに清水をKO。前回、7月15日の対戦では7回無失点に封じ込まれていただけに、新井のタイムリーを含む2打点は大きな価値があったことは間違いない。
プロ生活13年目で目前に迫った強打者の勲章。ここまで積み重ねた1499本の中で、忘れられない1本が新井の胸に残っている。広島時代の05年10月7日、神宮で行われたヤクルト戦。4‐4で迎えた八回、吉川から勝ち越しの2点三塁打を放った。
「その試合で黒田さん(現ドジャース)に最多勝がかかっててね。うれしかったし、ベンチに向かってガッツポーズしたのを覚えてる。消化試合だったけど、思い入れが強いのは残るよね」と懐かしそうに振り返った。その年、黒田は下柳と並んで初のタイトルを獲得した。
自らのバットでチームを支えたエースにささげた1勝。FA移籍後、チームメートとなった下柳には「お前、何や」と冗談でからかわれたという。チームのために、貢献するために放つ1本。新井は常に、その気持ちを抱き打席に立っている。
試合後、記録に関して「あまり意識しない」と厳しい表情を崩さなかった。勝ちきれなかっただけに「しっかり修正して、明日、勝てるように頑張りたい」と前を向く4番。第2戦は必ず、節目の一打で真弓阪神を勝利に導く。
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